極めて過酷な状況の中で、ひと筋の光が差した赤ちゃん誕生

query_builder 2024/01/06
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こんにちは🌞 龍ヶ崎市佐貫町の警備会社。いつも元気な  BN3  です🚀


令和6年(2024年)能登半島地震で、甚大な被災地域の捜索は遅々として進まず、死者が100人を超えたニュースが本日入る。本当に気の毒なことだし、いまだに行方不明者が多数いるという情報で、今後の被害者が増えるとの観測もあります。捜索も土砂崩れや電線の断線や液状化現象など行く手を阻む障害が酷くて、ままならない実情にある。


被災して避難している人たちに、今度は大雨と雪の追い打ちが、天気予報で伝えられています。何という仕打ちでしょうか神も仏もない現実は極めて過酷です。多くの物資が全国から届きましたが、それを被災者に届ける手段が無いとかあるいは小さな子どもや赤ちゃんに必要な物資が少ないという情報も


また、アレルギーを持つ幼子を含めた人たちへは、限られた量しか確保できてないとか、こうした甚大な地震被害は思いもしない状況が出現するために、万全な対策を取るのは難しいことです。そうした中で地震の翌日に誕生した赤ちゃん❗ のニュースが取り上げられました


10分 おきに痛みがある と、出産のために七尾市の隣の志賀町へ、帰省していた妊娠39週を迎えて居た35歳の女性。病院への電話が入ったのは、地震発生から2時間を過ぎた午後6時半ころ、緊急搬送を要請するよう求めたが消防署は救命活動で対応が困難でした


津波警報の発令中でもあり、受け入れ可能な医療機関が有る、金沢市へ誘導しても、無事に到着できる保証は無い。そんな状況の中で、病院以外での出産は危険がある❌ と判断した隣の七尾市にある恵寿総合病院は 助けられるのはこの病院だけだ と受け入れを決めた。道路の陥没や、通行止めなどの障害がある中で、家族の運転で病院に到着したのは、約1時間後の午後7時半。


病院は停電も無く地下水の、ろ過システムが稼働しており、断水も 無かったことが幸いしたようです。産科病棟は水漏れなどで分娩できなかったが、別棟の手術室を代用して帝王切開をも念頭に、他の診療科のスタッフも協力してくれたと。スタッフ自身も皆んなが被災者です😰 それでも全員が頑張ろう


と声を掛け合った結果、翌日の1月2日午前2時05分に、31 30㌘の元気な女の子が生まれました。母親となった女性は こんな時でも生まれることが出来るんだね と、命の誕生に深く感動していたと言います💗


出産を担当した医師は 「スタッフが集まり救命するという体制は平時から同じどんなところにも必ず妊婦とお産があるという平時からの取り組みが報われた と、赤ちゃんを取り上げられたことに、なによりも安心したそうです。その思いは羽田空港で367名の命を救ったクルーたちの思いと同じものですね


失われた多くの命もありましたが、恐ろしい災害の中にも誕生した命もあった。この子が 健やかに育って行くことを願ってやみません





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